どんな一歩であろうとそれは偉大である

かつて月に降り立ったアームストロングは、「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な一歩である」と言ったという。

確かにそれ以降の人類はさらに宇宙開発において技術を進歩させてきた。それを予感させる言葉であったろう。

しかし、ミクロで考えてみると、どんな小さな一歩であろうと、一人の人間にとっては偉大なのではないかと最近思うようになった。

ともすると我々は、「小さな一歩」というものを軽視しがちである。「そんなことをやっても意味がない」「大きな成果を上げなければだめだ」という思考にすぐに囚われてしまい、努力を継続できなくなってしまう。

よくよく考えれば、これはとても大きな損失ではないか。「小さな一歩」を蔑ろにした結果、一歩も動けなくなり、「0歩」になってしまう。

自分を含め考えすぎてしまう人は、様々な可能性を頭の中だけでぐるぐる、ぐるぐると回した結果、何もしないということがかなり多い。自己嫌悪に陥り、さらにまた考え込んでしまう。堂々巡りが果てしなく繰り返される。

それを打破すべく、どんなに小さかろうが、どんなにみじめだろうが、とにかく一歩を踏み出すことを決意した。

決意したというと少し大仰な物言いだが、とにかくハードルを下げ、簡単に達成できることを一つでも多くこなそうと努めた。

最初はこんなことをして意味なんてあるのかと思うこともあったが、少しずつ積み重ねることで、何もしない自分よりは確実に前に進んでいると実感できた。

生涯を通じて「小さな一歩」を積み重ねていきたい。

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