「人生太だ閒なれば、則ち別念竊かに生じ、太だ忙なれば、則ち真性現れず。故に士君子は、身心の憂を抱かざるべからず、亦風月の趣に耽らざるべからず」(菜根譚)
暇と忙しさのバランスというのはなかなか難しい。仕事が嫌だからと言って何もしないのはあまりに退屈で気が狂ってしまうが、そのまま忙しさの中にいれば虚しさを募らせ体調を悪くしてしまう。
何かをする際には、それが能動的か受動的かの区別をした方がよいかもしれない。
仕事をしていても、それがただのやらされ仕事で、自分で工夫してやる、目標を持ってやるなどをしないと受動的になってしまう。
逆にテレビの視聴でも、ある目的を持った情報収集、心の底から観たいと思っているものに関しては能動的と言ってよいと思う。
世の中には不愉快な情報が溢れている。そういうものから距離を取る。ネットですぐに情報を得られる現代では、情報は制限してもしすぎることはない。
油断していると容易にゴミのような情報でパンクしてしまう。自分が何に注意を向けたいのかがわからなくなってしまう。
別に山に籠る必要はない。自分が不快だと思う情報に触れる機会を減らすよう工夫していく。ニュース番組、絶えず罵詈雑言を吐き散らす同僚など。少しでも距離を取ろう。
あまりに暇すぎても人は気が狂ってしまう。かといって忙しさで気を紛らわそうとしても虚しさに襲われる。
暇か忙しいではない。それではまた0か100かの思考になってしまう。自分は何をしたいのか。何に重きを置いているのか。
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