寂を嗜む者は、白雲幽石を観て玄に通じ

「寂を嗜む者は、白雲幽石を観て玄に通じ、栄に趨る者は、清歌妙舞を見て倦むを忘る。唯だ自得の士のみは、喧寂なく、栄枯なく、往くとして自適の天にあらざるはなし」(菜根譚)

本当はこの境地が理想なのはわかる。だからといって、喧騒や煌びやかなものに近づきたくはない。「悟りの境地とはどんな状況であっても気にならないはず」と考えて我慢し続ければ精神が病む。

どうすればこのような境地に至れるのだろうか。もしかすると方法についてはこれを書いた人にも明確に分かっていなかったかもしれない。分かっていても言葉では表現できなかったのかもしれない。「これが理想だよね」というものを一応提示したものかもしれない。

仙人の境地。俗世のことは我関せずのような境地。他人から白い眼で見られたり、非難されたりすることもあるかもしれない。内心では心穏やかではないかもしれない。それでもそのまま世間と付き合うことと天秤にかけた結果、世の中から離れる選択をすることもあるだろう。

今はとにかく「寂」を求めたい。派手で、やかましいものから距離を取りたい。やはり今の自分は、どんな状況にも泰然自若としていられるほど成熟してはいない。まだまだ修行が足りない。

初めから「自得の士」を目指そうとしても、どうしたらよいか分からない。ここでも「自分の軸」というものが重要になってくるかもしれない。自分が大事にしているものがある程度決まっていれば、細かいことは気にならなくなるかもしれない。

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