山河大地も、已に微塵に属す

「山河大地も、已に微塵に属す、而るを況んや塵中の塵をや。血肉身軀も、且つ泡影に帰す、而るを況んや影外の影をや。上上の智にあらざれば、了了の心なし。」(菜根譚)

山河大地もやがては塵と化してしまう。自分の肉体など言うに及ばず。そのすぐに土に還ってしまうような肉体の内の悩みなど更に小さいということか。

ちっぽけな自分というのは確かなのだが、そこで虚無に陥ったりしたらつまらない。

そんなすべてが最終的にはなくなってしまう中で、「お前はどうするのだ」ということを常に考えて、少なくとも自分が価値を見いだせないもののために精神をすり減らすのはやめにしたい。

古人の魂との触れ合い、お金に縛られない生き方、世の中の普通、常識に惑わされない生活。

YouTubeとかテレビを見ると知らず知らずのうちに他人の考えに毒される可能性がある。それでも見るのをゼロにするのは違う気がする。無理に何かをやめようとすると反動を生ずる。

古人の魂との合一がメイン。今やっていることもたいていそれにつながっていると思う。地道な積み上げを怠りたくない。ベストな状態じゃなくても続ける。やらない理由を探したらキリがない。

人間は考える葦である、というのもこれに通ずるかもしれない。自分がちっぽけな存在であることを分かっている分、人間の方が尊いというような感じ。

悟りの境地に至りたいという思いはあるが、あまりにその気持ちが強いと逆にそれが煩悩になって焦ってしまう。

だから自分が大事だと思うことを日々、着実に行なっていく中で何か掴めるのではないかと鍛錬を重ねている。

思えば昔から無常観というものに惹かれていた。大学時代以降はそれにより虚無主義に陥ってしまい、生きることに価値を見出せなくなってしまった。

しかし、最近は少しずつバランスを取れるようになってきたのではと思う。まだまだ道半ばではあるが・・・。

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