「機動くものは、弓影も疑いて蛇蝎となし、寝石も視て伏虎となし、此の中渾て是れ殺気なり。念息むものは、石虎も海鷗となすべく、蛙声も鼓吹とあつべく、触るる処倶に真機を見る」(菜根譚)
心のありようによって、見るものが同じであっても、感じ方が百八十度変わってしまう。経験の上でも、よくわかることであるが、心を鎮めるにはどうしたらよいか。無理に心のあり方を変えようとすると、反撥で餘計に煩悩に囚われてしまう。
思いつくことといえば、深呼吸、感謝の言葉を唱える。何かに没頭することかなどか。精神状態が不安定だと、見るもの聞くもの全てが自分に害をなすものだという錯覚に囚われる。
頭では考えすぎであると分かっていてもどうにもならない。自分の行動、環境をできるだけ整える必要がある。可能な限り少しずつ、急な変化は心と身体を蝕むからだ。
心が少しでも落ち着くと、少し前までは心が乱れたことも、少しは冷静に受け止められる。少しずつ改善していくのだ。
少し良くなると、早く元通りになりたいと焦ってしまうが、すぐにどうにかなるわけではない。速度が尊ばれる社会に流されず、亀の歩みで体調を整えていきたい。
他人との比較は意味をなさない。他人の言葉も参考にすることしかできない。人は皆、自分だけの世界を生きている。最後は自分で決断するしかない。自分が行動するしかない。
気持ちの問題であるということは、よく言われ、確かにその通りであると思う。しかし、影に怯えてしまうような人間の心の持ちようを何とかしようと思っても、ビビってしまうものは仕方ないとも言える。
心がどのように反応するかを、心でもって変えるのは至難の業だ。自分はそれで失敗を繰り返してきた。なんでうまくいかないんだと嘆いた。
最近少しずつそのアプローチの困難さに気づいて、身体を動かしたり、別のことをするというアプローチを取ったりするようになった。そうするとだんだんと怯える時間が相対的に減少しているを実感できるようになった。
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