「歳月は本長くして、忙しき者自ら促す。天地は本寛くして、鄙しき者自ら隘くす。風花雪月は本閒にして、労攘の者自ら冗しくす」(菜根譚)
人生の長さについては、セネカの「人生の短さについて」と同じ趣旨だと思う。本来は長いはずなのに、人が自ら短くしているのであると。
何かに追い立てられると、自分の時間が減るばかりか、何かをしようという気力さえなくなる。
この世界は本来とても広いのだが、どうしても限られたエリアに縛られてしまう。定住の悲劇かもしれない。だからといって海外旅行などしようと言うのではなく(行きたいのであれば行ったほうがよいが…)自分の視野の狭さに気づけるように近所であっても今まで見えてなかったところに目を向けるのもよいと思う。
どういうふうに考え方を変えればよいのか。やはりゆっくりと変えていく必要があるだろう。こういう考え方をしたい、ああいう考え方をしたいと日々思い、考え続けていけば、なにがしかの変化があるのではないか。
どうしても何かいいなと思える言葉や考え方に巡り合ったときに、すぐに自分のものにしたいと焦ってしまう。
すぐに良い変化が出ないと、駄目だと投げ出してしまう。そうではなく、気に入ったものがあれば根気強くそれに向き合ってみるのもいいではないか。
仕事を減らして気づいたが、自分を忙しくしていたのは自分自身だった。「普通に働かなければいけない」という自分の思い込み、社会の常識。
かなり自分を縛り付けていた。本当に何も考えることができなくなったいた。休んでいる時に仕事のことを考えると思考が停止していた。言葉にしようとすると詰まって何も喋れなくなっていた。
仕事に限らず、この手の思い込みはまだまだありそうだ。
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