「熱は必ずしも除かずして、而も此の熱悩を除かば、身は常に清涼台上に在らん。窮は遣るべからずして、而も此の窮愁を遣らば、心は常に安楽窩中に居らん」(菜根譚)
「~しない」ではなく、「別の、新しい~をする」に通じるかもしれない。
普通は問題をなくそうとするところだが、問題はそのままに心のあり方を変える。
ただ心のあり方を変えるのは困難なことだ。だから、「不快な感情をそのままに別のことをする」という対処方法を実践中である。
それなりに上手く行っているのではないか。不快な感情に囚われている時間が減ったのではないか。この方法があっているかはわからないが、とりあえず続けていきたい。
「熱」も「窮」も除けるのであれば、除いた方がよいだろうが、それができれば苦労はいないよという話だ。ただすぐに諦めてしまいがちだなとは思う。
人間はいずれ死ぬということを考えるとどうしてもネガティブな考えに傾いてしまう。そんな時こそなんでもいいから行動し、良い言葉を自分にかけていきたい。
正直少し前までは、そんなことをするのは馬鹿ばかしいと思っていた。しかし、自分の言葉を一番聞いているのは自分自身なのだ。悪い言葉ばかり自分に浴びせていれば精神状態も悪くなる。
死とその恐怖についても同じことが言えそうだ。死というものは除くこともできず、捨てることもできない。死という事実を保持したまま死の恐怖を除く事ができれば、とても自由である。
書いていて、それができないから苦しいんだろと自分でツッコミを入れてしまった。こういうときにもやはり死やその恐怖をなくそうとするのではなく、別のことをすることによって相対的に恐怖を和らげるという方法が取れそうだ。
感情をどうにかするのではなく行動をなんとかする。これからも実践して行きたい。
何か別のことをするとなった時、何をするのか。自分が少しでも興味があったり、やりたいと思ったりした事にとにかく手をつけてみる。
本当は何か別のことをしたんじゃないかという疑念が湧いてくることがあるが、それでやめてしまうとまた何もしなくなり、日々の生活における恐怖や不快の割合が大きくなってしまう。
それは困る。何でもいい、とにかく何かしらやる。やっているうちに「こうしたらいいのでは」「ああしたらいいのでは」と工夫したり、「これやってみたいな」と思えるものが出てきたりする。なんでもいいから始めてみよう。
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