「都て眼前に来たるの事は、足ることを知る者には仙境にして、足ることを知らざる者には凡境なり。総て世上に出づるの因は、善く用うる者には生機にして、善く用ゐざる者には殺機なり」(菜根譚)
こんなふうに考えることができればなと思う。「知足」ということはかなりいろいろなところで言われている。ただこの言葉は解釈が難しい。
足るを知るというのが具体的にどのような状態なのか。何か特別に付け加えることなしに、今の自分に満足せよということか。
ついつい「あれを手に入れれば」「これを達成すれば」満足できるはずと思って何かを求めるような気がする。
そういうものがなかったとしても、今の自分にすべてがあるのではないか、足すものなどないのではないかと気付くことが「足るを知る」なのかもしれない。
その上で何か物を手に入れたり、何かことを成すならもっと良いという感じだろうか。
ピンチをチャンスにできる人もいるのだろうが、たいていそうは上手くいかない。
チャンスをつかむには日頃からの準備が必要というのはよく聞く。「勝利の女神は準備を愛す」みたいな言葉がジェイソン・ステイサムの『メカニック』の中で銃に彫られていた。この主人公はなかなか用意周到で憧れた。
そこまでできなくても日々自分が必要だと思ったことを淡々とこなすことが大事かなと思う。その中でいい機会があれば、普段やっていることが足がかりとなってそのチャンスに飛び込べることもあるかと思う。
自分にとって何が大事なのか、という軸がある程度分かれば、余計なものを捨てられる。足るを知ることになるような気がする。あれも欲しい、これも欲しいとやっていたらキリがない。
善く用いるというのと、足るを知るはつながっているかもしれない。己の大事なものがわかっていれば、慌てずに機会を捉えることができそう。わかっていないと周りの人間が良いと言っているものにすぐに飛びついてしまう。
コメント