「霽日青天も、倏ち変じて迅雷震電となり、疾風怒雨も、倏ち転じて朗月晴空となる。気機何の常あらん、一毫の凝滞なり。太虚何の常あらん、一毫の障塞なり。人心の体も、亦当に是の如くなるべし」(菜根譚)
諸行無常。天気は一時的にとどまっているように見えても、常に移り変わっている。頭ではわかっていても、雨の日には憂鬱になる。
物事がうまく運ばない時もそうだ。常に変化しているということは、良いことも悪いことも長続きしないということだ。ずっと同じであってほしい。変わらないでほしいという願いは土台無理な話なのかもしれない。
それでも願わずにいられないのは人の性か。変わるということは、良くなる可能性も秘めている。自分の都合で良いものは変わらずに、悪いものは変わってほしいということも多いが、もしかするとかなり愚かなことなのか。
生老病死もそう。問答無用で変わるものだ。ただ諸行無常は事実。自然の摂理。それに対してどう生きるか考えるのは人間の領分。諸行無常であることは変えられないが、その中で自分がどう生きるかはある程度決められるのではないか。
現実に悲観して何もしないというのはなかなかにつらい。諸行無常については昔から平家物語の冒頭が好きで気になっていたが、大学時代あたりからニヒリズム的思考に支配されるようになった。諸行無常はこの世の法則のようなものだから良くも悪くもないのだが、それに絶望してしまったのかもしれない。
それでも今は取り組むと決めたことがいくつかあるのでだいぶマシである。絶望を取り除くことが難しくても、なんでもいいから何かやってみる、取り組んでみることによって、少しでも前に進むことができる。
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