人心多く動処より真を失う

「人心多く動処より真を失う。若し一念生ぜず、澄然として静坐すれば、雲興りて悠然として共に逝き、雨滴りて冷然として倶に清く、鳥啼いて欣然として会する有り、花落ちて瀟然として自得す。何の地か真境に非ざらん、何の物か真機無からん」(菜根譚)

この世の森羅万象に真理を得る機縁があるのだと思う。気づかないだけで、すでに真理は目の前にあるのかもしれない。

覚りを得た人の話でも、なぜそれをきっかけに覚りを得たのか不思議な話が多かったが、それは我々が気づかず素通りしてしまうものから、彼らが真理を摑んだということだろう。

常に問いに向き合っているから、ふとした瞬間に気づきを得るのかもしれない。

現代に限らないかもしれないが世間にはノイズが多い。家にいてもスマホやテレビからは膨大な情報が垂れ流されている。

意識して距離を取らねば流され続けてしまう。そういうものから離れ静かになると、いやでも自分の内側に目を向けざるを得なくなる。今まで気づかなかったことにも気づきを得た。

真理が目の前にあっても気づかない。良いものがあってもそれを素通りしてしまう。そういうことがたくさんあるのかもしれない。何かしら気づきを得たとき、何故今まで気づかなかったのだろうと感じることが多い。

特別なことを成し遂げる必要はない。特別なものを得る必要もない。もともと自分の身に備わっていたのだ。「何者か」になる必要などなかったのだと気づく。求めるべきは外ではなく内であったのだ。

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